今から30年前の1996年11月1日。
『Hair Stage オーパス21』が、この東大阪の地にオープンしました。
ということで、明日でちょうど30周年を迎えることになります。
30年。
声に出してみても、なんだかピンとこないんですよね。
過ぎてしまえばあっという間で、「そんなに経ったのか」という気持ちのほうが正直なところです。
ゼロから始めた、理容師の話
この仕事に就くには、まず専門学校に行って資格を取る必要があります。
理容科と美容科に分かれていて、理容科1クラスに対し美容科は4クラスと、圧倒的に美容師を目指す人のほうが多かった。
男女比でいえば、理容科は女性1に対して男性が9。美容科はその逆で、女性が多い構成でした。
おそらく今もそんなに変わらないんじゃないかと思います。
専門学校に入って最初に驚いたのは、理容科の生徒のうち、けっこうな割合で、理容室の2代目・3代目がいたことです。
親御さんがすでにお店を持っていて、いずれ継ぐために来ている、という人たちです。
ワタシの場合、親はもちろん、親戚にもこの仕事をしている者は誰一人いませんでした。
まったくのゼロスタートです。
だから専門学校の頃から、修業時代を通じて、知らないことだらけでした。
先輩や同僚の背中を見ながら、「なるほど、そういうことか」と拾っていくしかなかった。
難波の修業時代と、バブルという時代
専門学校を出てから、難波のお店で15年ほど修業しました。
その15年の間に、日本はバブルに入って、そしてバブルがはじけた直後までを過ごしたことになります。
身寄りにこの業界の者が誰もいない若造が、人種のるつぼともいえる場所で過ごした修業時代は、今から振り返ってもほんとうに貴重で、町のお店では体験できないようなことをたくさん経験させてもらいました。
借金してお店を出した日のこと
そして、借金してお店を出した時の喜びは、今でも忘れていません。
というのも、何の信用もない人物にお金を貸してくれるところがあるのかと、それが一番の心配事だったからです。
当初、中古物件を買って、店舗付き住宅の形で始めたいと思っていました。
しかし、住宅ローンが通らず賃貸物件ではじめ、今に至っています。
下の写真は、初めて買ったデジカメで撮ったもので、開店から2年ほど経ったころのものです。

髪が多いし黒いし、若い(笑)
修業していた店は、スタッフが7〜9名いる規模のお店でした。
独立してからは夫婦二人の店になり、スケールダウンしたことになりますが、ワタシにはこのくらいが合っていたと感じています。
お客様と目が届く距離で向き合えるのが、この規模のいいところだと思っているので。
30周年は、通過点
先日、仕事を辞めた同級生と話しているとき、「これからどう考えてるん?」と尋ねられました。
ワタシの答えは、「今もまだ仕事が上手くなりたい気持ちがあるし、勉強するのが楽しいから、まだ続けるよ」でした。
30周年といっても、ワタシのなかでは、一つの通過点でしかありません。
とはいえ、いつかハサミを置く日は必ずやってきます。その日が来たとき、「よく頑張った」と自分に言えるように、これからも一日一日を大切に過ごしていきたいと思っています。
ともかくも、この30年、来てくださったお客様、そして支えてくれた家族に、心から感謝しています。
以上
東大阪市のヘアーサロン
オーパス21の前田でした


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