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沖縄に行ったのは、大阪北部地震があった6月でした

古宇利島に渡る橋

 

2019年の漢字が『災』となりました。

大阪はこの文字通り、2度の自然災害があり、あちこちで被害が出ました。

 

一度目は6月の大阪北部地震。

二度目は9月の台風21号。

 

この一度目の地震が起きた時でした。

ワタシは介護施設への訪問カットを行っているグループ『ビーカル』の仲間と沖縄に行くため関西空港にいたのです。

 

地震が起きた時、ワタシたちは手荷物検査を受け、搭乗口で飛行機に乗るのを待っている状況でした。

 

地震の揺れが収まってから、すべてのメンバーが家族に連絡をしました。

幸い、すべてのメンバーが家族と連絡がつき、無事を確認できたのです。

 

余震が気になるものの、関西空港は大阪の南部にあるため揺れが弱く、滑走路の点検などは行われず、飛行機は時間通りに飛び立っていきます。

 

もし、強い揺れを感じていたなら、中止にしようという声が出たでしょう。

でも、そこまで強いという感覚がなかったため、旅行に行くことになったのでした。

 

この沖縄のことをブログに書こうと思い、飛行機の中などで下書きをしていました。

しかし、沖縄から戻った翌日、旅行中に知らなかった事実を知り、ブログとして書くことをためらい、そのままになっていました。

 

大阪では未だ屋根にブルーシートがかかっている住宅が多く、元通りになっていないところがありますが、2018年の出来事を記録するために書いておくことにしました。

では、当日の様子を書いていきます。

 

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関西空港発の飛行機の時間は8時45分。

その集合時間に間に合うようにするためには、6時前の電車に乗らなくてはいけないので、早く寝たかった。

でも、前夜までの爽やかな空気はどこかに行き、空気が蒸し蒸しとして、なかなか寝付けず、ウトウトする間に朝になってしまいした。

 

 

朝5時、そそくさと出かける準備をして、予定通りの電車に乗る。

近鉄難波駅で降り、ここで、一緒に沖縄に行くメンバーと合流。

関西空港までは南海電車を利用するため徒歩移動。

 

南海電車予定通りの急行に乗る。

ここまでは順調♪

 

ところが、泉大津駅が近づいてきたころ、車掌のアナウンスが車内に流れました。

忠岡駅近くの踏切で人身事故が起こった模様

その影響により、電車は、関西空港まであと少しの泉大津駅で停まってしまったのです。

このまま長時間止まったら飛行機に間に合わないかもしれない。

気持ちの焦りを押し殺し、平静を装うものの、内心はヒヤヒヤ。。。

 

5分ほど停まっただろうか、どうやら人身事故ではなかったとのことで、電車が動き出し、結果的には8分遅れただけで関西空港に到着したのでした。

 

沖縄懇親旅行関西空港

メンバーと合流してから、手荷物検査を受け、搭乗口に向かおうとしたところでした。

 

沖縄懇親旅行関西空港

スマホの警告音があちこちから聞こえ、すぐさま、建物が揺れ始めた。

地震だ

照明器具のポールが揺れ、天井からはホコリが落ちてくる。

 

阪神大震災を経験しているので、(ワタシたちがいた関西空港は)建物が倒壊するほどの揺れではないことを感じていました。

 

 

でも、揺れ始めの一瞬、強い地震かもしれないという感覚を受けたので、家族がどうなっているのか気にかかる。

旅行どころではないという、気持ちが同行するメンバー全員に静かに広がっていくのを感じました。

 

 

搭乗口の待合にあるテレビに人だかりができ、今起こった地震情報を食い入るように見る人、家族に連絡を入れる人、その表情はみな固い。

 

大阪北部地震情報

ワタシもすぐさま家族に連絡を入れてみると、幸いにも被害はなく、みんな無事。

家族の無事が確認できたあと、地方にいる家族や親戚から立て続けに連絡が入り、その応答に追われることになりました。

 

そんなバタバタした状況なのに、乗客を機内に誘導するアナウンスが聞こえてきました。

 

沖縄懇親旅行関西空港

搭乗待合にいる人が残り僅かとなったところで知り合いとの連絡を急ぎ終わらせ、飛行機に乗り込むと、何事もなかったかのように、定刻に飛び立ったのでした。

 

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機内では機内モードにしていたので外部との連絡はできない状況でした。

でも、那覇空港に到着後、親戚や知人から安否を気遣う連絡が届き、またその対応に追われることになったのです。

 

沖縄空港

 

 

那覇空港の飛行機の到着案内板を見ると、関西空港からの飛行機は定刻よりも少し早く到着していましたが、(正確には兵庫県ですが)大阪北部にある伊丹空港出発の飛行機は遅延になっていました。

 

沖縄那覇空港

 

おそらく、滑走路の点検などが行われていたのだろうと予想していました。

 

 

沖縄での移動は車。

ということで、レンタカー会社が用意したバスに乗って、15分とかからない場所にあるレンタカーの営業所に到着。

そのころには、安否を気遣う連絡はほぼなくなっていました。

 

 

3台借りたレンタカーは、すべてハイブリッドのホンダフィット。

ワタシはブルーの車を運転することになりました。

 

最初の目的地は古宇利島。

でも、メンバーのうち二人が国際通りで遊ぶので近くまで送っていき、そこから古宇利島に向かうことに。

 

 

道中、やはり地震のことが気になるので、ラジオをつけていました。

番組の中で『地震があった』ということには触れるものの、その被害状況について詳しく話すことはありませんでした。

そのため、震度6と強い地震だったけど、被害は大きくなかったのだろうと、気楽な気分になり、沖縄を楽しむ心理状態になっていました。

 

 

古宇利島に行く途中、お昼ごはんを食べるため立ち寄ったのが『道の駅許田』。

 

道の駅許田

 

沖縄に行くと、必ず食べたいのが『沖縄そば』&『タコスotタコライス』。

 

ということで、この二つを食べました。

 

道の駅許田沖縄そば

 

 

道の駅許田タコライス

 

沖縄そばはミニサイズにしたのですが、量が多かった(^▽^;)

 

 

食後、道の駅の農産物を一通り見て回り、古宇利島に向かいます。

古宇利島は、ぜひとも晴れてほしい場所。

 

でも残念なことに、那覇空港から道の駅許田までの道中、時折太陽が出るものの、曇り空が続き、道の駅許田では小雨が降っていました。

 

 

過去に数度『古宇利島』に行った時は、すべて晴天で、奇麗な海と空の青、そして長い橋の光景を見ることができました。

なので今回も…

と思ったのですが

 

古宇利島に渡る橋

 

こんな感じに曇っておりました。

青空じゃなかったのが残念だったけど、雨が上がったのでヨシとします。

 

古宇利島に渡る橋

 

橋が写ってないけど、同じ場所で撮ってます(笑)

 

 

雨が上がった6月の沖縄。

気温が高くないのが救いだったけど、まだ梅雨の最中で、湿度が高く蒸しました。

 

沖縄ってそもそも蒸し暑い所なので、その暑さを楽しむことで、夜はうまいビールが飲めるはず。

そんな気持ちでありました。

 

 

古宇利島に渡ったところにある『古宇利島ふれあい広場』で小休憩をしたあと、他のメンバーと別れ、ワタシ一人で行動させてもらうことになっていました。

わがままを聞いてくれたメンバーには感謝しかありません。

 

1人で行動する理由は、奥さんの実家に立ち寄るためです。

 

古宇利島から、宿泊する恩納村のホテルの道中に実家があるため、ぜひとも立ち寄りたいと思っていました。

 

時間にして、約1時間ほどしかありませんでしたが、両親に加え、妹と甥が仕事の都合をつけて会いに来てくれたのが嬉しかった。

子供たちが幼いころ、この実家に帰省するのが一年で一番楽しいイベントでした。

 

楽しい思い出がいっぱい詰まった実家を後にして、昔はラマダルネッサンスという名称だった『ルネッサンスリゾートオキナワ』に向かいます。

 

『ルネッサンスリゾートオキナワ』は、沖縄恩納村にあるリゾートホテル。

 

 

 

 

 

6月なので日暮れも遅く気温も高い。

 

なので、夕食前に海で泳ぎたいのに、6月30日まで、プライベートビーチが午後5時までの利用時間。。。

いくらなんでも、早すぎるんじゃないでしょうか?

 

ホテルに着いたのが午後6時を回っていたので泳げませんでした(T_T)

 

 

夕食はホテルまで送迎してくれる居酒屋に行くことになっていました。

 

集合時間まで少し時間があったので、シャワーを浴びてスッキリしたあと、居酒屋にに向かいました。

 

夜になっても蒸すのは変わらなかったので、メンバー全員が、涼しい部屋でビールを飲みたいと思っていたはず。

はてして居酒屋に到着して案内されたのは、屋外の席…

扇風機は回っているけど、湿度は変わらないのでありました(・.・;)

 

室内がいいなぁ、と思いながらも、何はともあれ、オリオンビールで乾杯!

 

沖縄

 

暑いなぁ、と思いながらも、美味しい料理とお酒で夜が更けていくのでした。

 

書ききれなかったので、次回に続く予定

 

 

オリオンビール

 

 

 

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